ひげっちが好むものごと。

詩歌とボドゲを中心に書きたいことを書きます。

雑誌『五行歌』2020年12月号 お気に入り五行歌

 どうも、ひげっちです。

 

 すっかり遅れ癖がついてしまったこのシリーズですが、みなさんの秀歌・名歌を見逃してはなるものか!というやる気だけはあります。マイペースでも更新してゆきますので、どうぞ見放さずにお付き合いいただければ幸いです。

 

 

CDラジカセの
ガチャン、スーや
ツー、キュルルル
あのプレリュードが
たまらなく好き

 

亜門
25p.

 世代的にドンピシャなお歌だった。CDは時代遅れのメディアになりつつあり、YouTubeなどの動画配信サイトや定額制のサブスクリプションサービスを利用して音楽を聴く人が増えていると聞くが、このお歌を読んで久しぶりにCDで音楽を聴いてみたくなった。とは言うものの、手元にあったCDはほとんど処分してしまったし、うちにあるCDコンポは壊れたままで放置してあるのだが。聴く音楽そのものの魅力ではなく、音楽が流れるまでに鳴る一連の動作音に注目したところが効果的だと思う。

 

 

 

一という文字を
筆で引く
最初の点に力が入り
最後の点に力が入る
その間の浮遊感が好き

 

西垣一川
27p.

 小学校の頃、書道教室に数年間通っていた。当時はあまり熱心な生徒ではなかったが、先日通っている訓練所で書き初めをする機会があり、久しぶりに毛筆で字を書いてみたところ、思いの外楽しい体験だった。やらされている感が強かった当時には気がつかなかったが、書をすることは楽しいことだとこの歳になって初めて知ったかもしれない。このお歌は読んでいるだけで、書というものの臨場感と実感が伝わってくる。五行目の浮遊感という表現が実感として腑に落ちる感じがする。

 

 

 

みんなの鉛筆を
削ってまわった
入社初日
テレワークの今は
何をするのだろう

 

高樹郷子
42p.

 新入社員が初日からできることは、そう多くはない。せめてもと他の社員の鉛筆を削って回ったエピソードは甲斐甲斐しくて何だか新鮮に感じる。コロナ禍での新入社員のなかには、入社初日からテレワークという方もいるだろう。テレワークの経験は無いが、オンライン通話はよく行っているので、あれこれ想像してみたが、新入社員にも出来る、他の方の役に立ちそうなことというのは思いつかなかった。テレワークだけで職場に馴染むのもなかなか大変だと思ってしまった。

 

 

 

学生証を
靴に隠して
反対デモに加わった
あの法案の下で
生きている

 

世古口 健
65p.

 作者の正確な世代は存じ上げないが、おそらく日米安全保障条約に関わる闘争のことを詠った歌ではないかと想像した。学生証を靴に隠すという描写が生々しく、当事者しか知り得ないリアリティを感じる。今ではなかなか想像しづらいが、当時の学生は積極的に社会や政治に関わっていたのだと思うと、熱気のある時代が少し羨ましく感じたりもする。声を上げても社会を変えることはできずに、当時反対した法案の庇護下で暮らしていることを、受け入れがたいものの、認めざるを得ないというようなニュアンスの四、五行目も味わい深い。

 

 

 

冒険心が
無くなったら
船を降りて
トマトなど
植えることにする

 

上田貴子
66p.

 ご自分の冒険心を大事にしている反面、それに拘泥してはいない。無くなったら無くなったで、したたかに楽しくやっていけますよ、というような自然体の逞しさを感じる。トマトという作物の選択もいい。熟した実の真っ赤な色を連想し、数ある野菜の中でもまっすぐな生命力を感じさせるものだと思う。詠いっぷりがとにかくかっこいい、文句なしに好きなお歌だ。

 

 

 

「私は傷ついた」と
泣いた原因の多くは
思い返すと
自分の「我の強さ」
だった

 

清水美幸
98p.

 本物の大人のお歌という感じがする。私はまだこの域まで達していないため、100%の共感はできないが、「いつか読み直すとすごく共感するだろうな」という予感めいた感覚がある。現時点での私なりに解釈すると、自分が傷つくことの原因として、自分が相手に対して過度な期待をして、それが裏切られたときに失望することがあると思う。この場合は、傷の原因は相手の悪意ではなく、相手に的外れな期待をしている自分の甘さやわがままにあると考えることもできる。何より、相手の行動や思考は自分には変えられないが、自分の期待や甘えをコントロールして、あらかじめ傷つかないように考え方を変えることはできる。作者は経験を経て、そういったことに気づいて書かれたお歌だと推察した。

 

 

 

ゴミ回収の
やせた青年
ふと見ると外国の人
そういう人たちに支えられて
ステイホーム

 

平井千尋
171p.

 日本の今の現状を端的に表しているお歌だと思う。ゴミ回収の仕事もいわゆるエッセンシャルワーカーと呼んでいいだろう。多くの人の生活のためになくてはならない大切な仕事である。しかし反面、不衛生なゴミを扱う仕事でもあるため、その業務には様々なリスクを伴う。自分がコロナ禍で自粛生活ができているのも、外国の人がそういった仕事をしてくれているおかげという、作者の感謝の気持ちが伝わってくるので、読んでいて気持ちがよい。

 

 

 

みんなに必要だ
いてほしいと
思われて
いるうちに
消え去りたい

 

玉井恭介
217p.

 わかる!、とシンプルに共感したくなるお歌だ。引き際の美学という言葉が思い浮かぶ。自分の引き際を見極めるのは難しい。組織や家庭の中で頼りにされている、必要とされていると思い込んでいるのは自分だけで実際は疎まれていた、なんていうこともよくある話。周りから必要とされていると実感できている時が、実はすでに引き際なのかもしれない。

 

 

 

骨の折れた
相合い傘です
そんでも
こころ潤う
雨の夜

 

今井幸男
266p.

 実際に雨の夜に骨の折れた傘を差しているのか、それとも心情の比喩なのかまでは読み切れなかったが、どちらにしても良いお歌だと感じた。三行目の「そんでも」と四行目の「こころ潤う」が効いている。相合い傘だから、もしかしたら二人とも少し傘から身体がはみ出してしまい、雨に濡れてしまっているのではないだろうか。それでも、そんな状況を好意的に、心温まる情景として描いているところに惹かれた。

 

 

 


でなく
あたりの空気が
まるごと香る
金木犀

 

大貫隆
273p.

 金木犀を詠んだ名歌は多い。秋の訪れを感じさせる香りを放つ花として、歌人が詠みたくなるモチーフの一つなのだろう。このお歌は何と言っても「あたりの空気が/まるごと香る」の三、四行目がお見事。金木犀の香りの強さ、濃厚さを感じたことのある人なら大いに共感するに違いない。一行目と五行目がそれぞれ体言止めでシンプルにまとめられているのも効果的だと思う。

 

 

 

どうぶつのもりで
住宅街を
作ったら
やることが
なくなっちゃった

 

とのはる
284p.

 「どうぶつのもり」は、任天堂の人気ゲーム「どうぶつの森」シリーズのことだろう。筆者はプレイしたことはないが、周りにプレイしている人が何人かいる。プレイヤーは動物のキャラとして、自分の家を作ったり、他の住人と交流したり、ゲーム内での仮想生活を楽しめるらしい。このお歌は。そのゲームで住宅街を作ったら、他にやることがなくなった、と詠う。もしかしたら、作者はすでにこのゲームに飽きただけなのかもしれないが、自分達が住める街を作ったらそれで充分というような、慎ましさが感じられて好みのお歌だった。

 

 

 

辞めたら
褒めてくれる
首相も
監督も
人間も

 

いわさきくらげ
289p.

 2020年12月号の投稿〆切が2020年10月下旬なので、「首相」は、タイミング的に安倍元首相の退任のことだと思う。安倍元首相の2期目は長期政権であった反面、様々な疑惑や批判も多かった印象であるが、辞任表明をしたとたん、それらの声は鳴りを潜め、元首相を労う声が多くなっていったのは記憶に新しい。「監督」は、作者が横浜DeNAベイスターズのファンであることを知った上での推測になるが、2020年10月に退任を表明したアレックス・ラミレス監督のことではないか。こちらも賛否両論の采配で物議を醸した監督であったが、退任表明後にはその手腕を好意的に評価する声が多かった印象だ。そうした表現の最後に、このお歌は「人間も」と締めくくっている。皮肉がこれでもか、というほど効いていてちょっと怖くなるが、確かに一面の真理を言い当てている。力のあるお歌だと思う。

 

 

 

わたしの毒舌なんて
可愛いものよ
一番
人を傷つけるのは
鈍感な善意

 

紫かたばみ
302p.

 四、五行目がとにかく共感する。毒舌にも可愛いものと可愛くないものがあり、自分で「可愛いものよ」と言っている時点であんまり可愛くないとは思うが、それはさておき、「鈍感な善意」が人を傷つけるというのは、本当にその通りだと思う。「鈍感な善意」は、その持ち主に悪気や自覚がないことが多く、こちらが傷ついたことを伝えても、善意の持ち主は相手を傷つけているという自覚がないため、反省や自戒をしないことも多い。実にタチの悪い話だ。筆者も知らず知らずのうちにこの「鈍感な善意」で誰かを傷つけてきたと思う。「自分は正しい」と自分の内面に向かって肯定してあげるのは大事なことだが、その正しさを誰かに押し付けてはいけない。他の誰かと接するときは、「相手には相手だけの大事な正しさがある」と思うことが肝要なのかもしれない。

 

 

 


(了)