雑誌『五行歌』2020年11月号 お気に入り五行歌
どうも、ひげっちです。
お気に入り五行歌の紹介シリーズも最新号とは一年以上のブランクが空いてしまいました。これもひとえに私の怠惰が為せる業なのですが、この企画はそもそも私自身が秀歌を記録するためにやっているところが大きいので、だいぶ昔のお歌ですが、ご覧いただければ幸いです。
恥ずかしい
って
気持ちいい
に
似てる
仲山 萌
5p.
私がここ数年来感じていたことを綺麗な形で言語化してくださっており、感銘を受けた。「恥ずかしい」と「気持ちいい」は心の中でかなり近いところにある感情だと思う。秘め事はもちろん、例えば誰かに笑われることや多くの人の前で発表をすること、五行歌のような詩歌による表現行為も、一般的には「恥ずかしい」の部類に入るだろう。これらの行為に共通することは「自分をさらけ出すこと」ではないだろうか。こうした行為は、傷つくリスクもある反面、うまくいった時の「気持ちいい」とセットになっていることが多い。自分をさらけ出して、それが誰かに受け入れられた時、我々は快感を感じるようにプログラムされているのに違いない。もちろん例外はあるので、恥ずかしいことばかりをしていれば良いというものでもないだろうけど。
想いを
貫くとは
無精卵を
抱き続けて
いるようなもの
磯崎しず子
16p.
「無精卵」という言葉にインパクトがあり、説得力のあるお歌だ。想いを貫くことは、ある意味独りよがりで自己完結的な行為であるということだろうか。そうと解りつつも、想い続けることをやめられない切迫感がこのお歌からは伝わってくる。報われないし、見返りもない、それでも卵を抱くように大切に貫き続ける想いとは果たしてどんなものなのか。
野菜は有機栽培
人間は勇気栽培
わたしの五行歌は幽奇栽培
冷暗所で
鑑賞ねがいます
今井幸男
187p.
駄洒落と思いきや実はなかなかに味わい深いお歌。人間は勇気で育つという定義が面白い。自分が成長してきた度合いは、自分が発揮してきた勇気の量に比例しているという気もして、真理を突いた表現かもしれないと思わせる。三~五行目の落とし方も作者ならではのセンスが光って大好きだ。思わずクスリと笑ってしまった。
真夏日の
面目躍如だ
洗濯物干す端から
さわ、から、からん
と、乾いていく
山茶花
190p.
どこまでも気持ちの良いお歌。これ以上ないくらいに晴れ上がった真夏日の、くどいほどの青空や容赦のない日射しが思い浮かぶ。「洗濯物が干す端から乾いていく」というのは、多少誇張した表現だとは思うが、作者の実感が伴っているのが感じられるため、不思議と納得させられてしまう。四行目のオノマトペがとんでもなく素晴らしい。私自身も「さわ、から、からん」を使った歌を詠みたくなってしまった。
朝ドラが再開され
また私の
規則正しい生活として
読点が
打たれる
樹実
210-211p.
多くの人の共感を呼ぶ歌ではないだろうか。このお歌が書かれた当時は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、朝ドラの新規放送が中断されていた。筆者と同居する両親を見ていても、朝ドラは規則正しい生活の一助になっていることを感じる。きっとあの15分というのが絶妙な長さなのだろう。四、五行目の表現も巧み。
正しげだった
親の正体を知り
少し憐んで
子は
超えていく
吉川敬子
213p.
子どもが成長するということの一面を上手く捉えている名歌だと思う。小さな子どもにとって、親は自分に対して一番影響力を持っている大人なので、その存在は唯一無二である。多くの子どもは大なり小なり親のことを信頼しようとするものだろう。しかし、子どもは成長するに連れて、社会や世界の中では親の言うことが必ずしも絶対ではないことを知ってゆく。一行目の「正しげだった」という表現が絶妙。親の宿命のような悲しみと、子どもに対する頼もしさの両方が感じられて惹かれた。
スマホを考えたのは
若い人
一回で
スワイプ出来る
人
嵐太
217-218p.
なるほど、と膝を打った一首。最近は年配の方でもスマホを使いこなしているのをお見かけするが、中にはその操作が難しいと感じている方もいらっしゃるだろう。それもそのはず、そもそもがスマホ自体が、若い人が考案し、若い人が作ったものであることをこのお歌は指摘する。だから、自分がスマホをうまく使えなくても仕方ないのだ、と弁明しているかのような書きぶりが面白いと思った。
よろこべ
ちょっとよろこべ
痛いのは
生きてる
証拠
於恋路
275p.
痛みの原因が分からないので迂闊なことは書けないが、何となく深刻な病気からくる痛みというより、足の小指をどこかにぶつけたという感じのシチュエーションを想像した。痛みに悶えつつも、それを感じるのは生きている証だと無理やり肯定的に捉えようとしているのが面白い。私も生活の中で痛みを感じることがあったなら、この歌のことを思い出したい。
失恋は
眉間のキズや!
真っ向勝負を
挑んだ
証や!
和からし
307p.
勇気付けられるお歌。失恋するということは真っ向から相手に気持ちを伝えた結果であり、決して恥じたり、落ち込んだりするべきことではないのだと教えてくれる。勢いのある関西弁の口調も効いている。こういうことを言える大人はかっこいい。今後、失恋に落ち込む誰かに会ったときには、このお歌を教えてあげたいと思う。
ここが
どん底か
分からないけど
ちょっとずつ
陽があたる
奥響 賢
326p.
作者のお気持ちのことか、コロナ禍の惨状のことかはわからないが、悪い状況が少しずつ良い方向に向かっていることが伝わるお歌だ。本当に底を打っているのか、やや不安が残る書きぶりがリアル。希望の表現もささやかで控え目なところに惹かれた。陽があたり、止まっていた時計が少しずつ動き出す。まさにその瞬間を捉えた名歌だと感じた。
(了)