どうも、ひげっちです。
なんと、前回からたった4日で本誌を一冊読み終え、お気に入りの作品を選ぶことができました。やればできる!
というわけで、雑誌『五行歌』2020年5月号のお気に入り作品をご紹介させていただきます。
いろんなことをにこにここなしていくのがおとな永田和美10p.
シンプルかつ大事なことを簡潔なことばで書かれている。作者ならではの凄味というか説得力があり、読んでいて「そうだよな、大人ってそういうもんだよな……」と納得させられてしまう。前提として、大人には色々大変なこともあるという、シビアな現状認識があり、それでも辛い顔を見せずに、それらをにこにこしながらこなせ、と主張する。どちらかというと、「そのようにありたい」という理想というよりも、作者は実際そうしてきた、という自負のようなものも感じられるところが好きだ。
数学も物理も解りやすく教えてくれた兄が介護はしないと言い切るひまわり33p.
四、五行目のお兄様の言動について、作者がどう感じたのか、どういう気持ちになったのかが直接書かれていないところが巧み。代わりに、お兄様との思い出が事実として述べられているだけなのだが、これが余白と余韻を生んでおり、お兄様のキャラクターや介護はしないと言ったときの言い方などについて読み手の思いが膨らむような歌の作りになっている。
浮かんだ歌は一首たりとも捨てないなんて思うからしんどい歌は思っていればまた浮かぶ塚田三郎34p.
生活していて、ふと浮かんだ歌のアイディアを、メモに取る前に忘れてしまうときがある。そんな時は「逃がした魚は大きい」状態で、忘れてしまったことを後悔しがちであるが、最近は自分の中で「忘れてしまったアイディアは所詮その程度だったということ」と思うようにしている。少し方向性は違うかもしれないが、このお歌も同じようなことを言ってくれている気がして共感した。作者のようにゆったりとした気持ちで歌と向き合いたい。
捨て猫を迎えパパ ママと呼び合っていた子を亡くした妹夫婦おかしいですかつるばみ41p.
思わず「何もおかしくはないですよ」と応えたくなるお歌。五行目の呼びかけが効いている。作者は妹さん夫婦のことをどなたかに「おかしい」と言われたのだろうか。私の感覚では、おそらくその人に何の迷惑もかけていないのに、他人の痛みを知らずに簡単に「おかしい」と言ってしまえるその人の方がよっぽど「おかしい」と思う。
勘違いから始まる思い上がる己惚れるそして自滅それさえも気付かない井上澄子153p.
五行全てが痛烈。この痛烈さは作者ご自身に向けられたものなのか、あるいは、特定のどなたかに向けられたものなのか。作者に聞いてみないとわからないが、筆者はどこか自分のことを言われているような気がして、ドキッとした。読んでいて同じような感覚に陥った方も多いのではないか。また、何度か読み返すうちに、この勘違いしている主体は割と幸せなんじゃないかと思えてきた。「自滅」とあるからには、もしかすると周囲に何らかの迷惑をかけているのかもしれないが、本人はその事にも気付いていないのである。鈍感、無神経も極まるとハッピーなのかもしれない。
切実な理由のない人ほどもて遊ぶように死の話をする種村悦子168p.
「種村悦子 遺作集」より。生前の交流は無かったが、遺作集のお歌は目を見張るものが多かった。一度で良いから生前にお目にかかってみたかった。本作は生と死について、人一倍向き合ってきた方でないと書けない類いのお歌だと思う。筆者も生と死をテーマにして歌を書くことがあるが、そこに切実な理由があるかと問われると、怪しいものだ。生死をテーマにするなら、本当に死と向き合っている人に失礼に当たらないような作品を書かなくてはいけない。良い戒めをいただいたお歌。
諦めなさいわたしの想いはもう君の中に溶け込んで君を励まし続ける伊東柚月182p.
これは愛の歌である。しかもとびきり濃い愛の歌だ。お子さんに向けた歌だと解釈した。なんと言っても、一行目がインパクト大。お子さん本人がどう思おうが、どこへ行こうが、そんなことは関係ない。作者の想いはもう、お子さんと一体になり、お子さんを勇気付けるのだ。これほど重い愛の歌があろうか。ものすごく伝わるものがある一方、お子さんサイドからするとちょっと重いのでは……と邪推してしまった。あ、歌としては大好きです。念のため。
どちらともなくこころ離れどちらとも寂しいでもまだ ふたりでいる村松清美184p.
夫婦関係のお歌だと解釈した。温度を感じない反面、ある意味で強固な結び付きを感じる、不思議な関係を詠われていて惹かれた。五行目の「まだ」は希望か、妥協か。色々な読み方ができるお歌だと思う。
心の底から笑っている君の肖像画僕の胸には飾ってあるよ渡良瀬流馬202p.
「渡良瀬流馬 遺作集」より。作者とは生前何度か歌会でご一緒させていただいた。当時五行歌を始めたばかりの筆者に、気さくに声をかけてくださり、筆者の歌にも嬉しいコメントを寄せていただいたことをよく覚えている。それだけに、突然の訃報には驚いた。どちらかと言えばシニカルなお歌が多いイメージであったが、このお歌が特に好きだ。筆者は、作者のことをとびっきりのロマンチストであったと思っている。理想が高い分、自分に向ける視線もまた厳しくならざるを得ない。故に周囲からは自虐的、皮肉屋のようなイメージを持たれていたのではないか。このお歌のような作品をもっと読みたかった。早すぎる逝去が残念でならない。
「家に帰って家にいなさい!」家のあることが大きな幸運なのだと知る人は少ない佐藤沙久良湖211p.
一、二行目はコロナ禍での自粛要請、いわゆる「ステイホーム」についての表現であろうが、家にいたくても、そもそも帰る家も無い方々もいるのだということを思い起こさせてくれる後半が秀逸。作者は東日本大震災を経験している方でもあるので、もしかすると実際に被災して帰る家が無い思いをされたのかもしれない。当たり前と思っているものの価値を再認識させてくれた。
膝に猫が乗った者は全てのことが免除されるよく知られたことだ中山まさこ217p.
筆者は猫を飼ったことはないが、作者の家にはきっと猫がいるのだろう。膝に猫が乗った者は、「全てのこと」が免除されるのだと言う。「全てのこと」とは、食事の後片付け、宿題、お風呂掃除、などだろうか。とにかく、猫の平穏が何よりも優先される。この家では「猫ちゃんファースト」なのだ。しかも、それがさも当然だと言わんばかりの五行目が面白い。微笑ましいご家庭の様子が伝わるお歌。
思うさま翼を広げてよいはずだ私が飛べる空もある上田貴子226p.
とても気持ちの良い読後感で惹かれた。文体から、どこか遠慮がちで自分を表現することに躊躇いがあるような作者の性格が伝わり、それでも勇気を持って一歩を踏み出そうとしているその瞬間を切り取ったよう。平易な言葉で書かれているが、それなのに、こんなまっさらで清々しい心象風景を表現ができているところが素晴らしい。好きなお歌だ。
今度生まれてくるときはお酒が呑めて大恋愛を二つぐらいして駅ピアノが弾けて……眠れない夜のひとり遊び酒井典子251-252p.
生まれ変わった自分に求めるスペックが面白い。お金持ちや権力者になりたいとかではなく、何とも具体的で小粋なスペックの列挙。お酒が呑めないのは体質的なものなので、仕方がないとしても、大恋愛×2と駅ピアノは今からでも何とかなるのでは?と、筆者は無責任なことを思ってしまった。
用もないのに入った薬局で行列カラの商品棚の脇で五輪チケットの懸賞ハガキが虚しく揺れる和からし266p.
コロナ禍を独特の視線で切り取っていて惹かれた。マスク、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、消毒用アルコール、イソジンうがい薬など、様々なものが品切れになった2020年。平常時であれば、商品棚は満杯で、五輪の懸賞ハガキはあっという間になくなっていたのかもしれない、と思うとまた味わい深い。
(了)