どうも、ひげっちです。
2月中の更新が間に合わず、3月も半ばになってしまいました。というのも『ベルサイユのばら』の映画を観に行ってハマってしまい、ここ1ヶ月半くらい暇な時間はずっと『ベルばら』の漫画を読んでいたのでした。先日無事に読了しました。とんでもない名作でした!
それでは、2025年2月号から、私の気に入った五首をご紹介します。
二階に来たが
何しに来たか
忘れてしまった
何しに来たんだろ
この世に
鮫島龍三郎
10p.
何かの用事があって二階に来たのに、来たとたんに肝心の用事を忘れてしまったという。ここまでならよくある話だが、後半二行で話は一気にスケールアップし、作者はご自分がこの世に生まれてきた意味を問い掛けている。油断して前半を読んでいると、後半で一気に大きくて遠い所へ連れて行かれる、この構成が見事。現世にうまく馴染めていない感覚や無力感、ペーソスのようなものも滲み出ていて味わい深い。
妹と二人で
亡き母の和箪笥から
和服を全部出し
思い出話に花を咲かせ
そのまま元に戻す
白河つばさ
44p.
姉妹で亡きお母様の和服を箪笥から引っ張り出し、形見分けや断捨離が始まるのかな、と思いきや思い出話だけして、「そのまま元に戻す」という。きっと和服はお母様を思い出すためのアイテムなのだろう。その一枚一枚に色々な思い出があるのだと想像した。大事な思い出が詰まった和服を簡単に処分できるはずもない。一読した時には少し意外だった五行目が、とてもあたたかい行為に思える。
散歩のポケットには
ホカロンみたいな
手紙
友から
届いたばかりの
神谷叡子
163p.
散歩先のどこかのタイミングで友からの手紙を読もうとしたのだろうか。届いたばかりのその手紙をポケットに忍ばせているという。それだけで既にあたたかい光景なのだが、二、三行目の「ホカロンみたいな/手紙」という比喩が秀逸。冷えた身体をあたためてくれるような手紙の内容、あるいは友のお人柄なのだろう。心のこもった手紙をやりとりするお相手がいるのを羨ましく感じた。
言葉と
お相撲しながら
生き抜いた人でした
享年92才
谷川俊太郎さん
恵遊
172p.
国民的な詩人というべき谷川俊太郎さんが昨年11月に亡くなられ、その死を悼む歌を2月号には何首か見かけた。このお歌は何といっても 「言葉と/お相撲しながら」という比喩の素晴らしさに尽きると思う。時には言葉に寄り切られたり、時には言葉を投げ飛ばしたり、個人の詩作のことをそんな風にイメージされたのだと推察する。相撲は裸一貫で相手に立ち向かってゆく、ごまかしの効かない格闘技である。自分も言葉に立ち向かうときは、同じように相撲を取る感覚で臨みたいと思わされるお歌だった。
大して
寒くない
クリスマス
白い息も
出ない
中澤麻祐子
246p.
12月後半にも関わらずあまり寒くない去年のクリスマスだったのだろう。イメージ通りではなかったクリスマスにどことなく落胆している感じが伝わってくる。二行目「寒くない」、五行目「出ない」と否定形の文が続いていることからも、クリスマスを楽しみ切れていない印象を受ける。クリスマスに浮かれたりはしゃいだりするのではなく、淡々と詠っているところにリアリティを感じるお歌だった。
(了)